奈落の底一歩手前


バイトさんが辞める。


実家が自営なんだけど、そっちの手伝いと、
心臓が悪いお母さんの側についていてくれる人(&家事をしてくれる人)が欲しいということで。



奈落の底一歩手前まで落ちこんでます。
気がゆるむと涙が出てくるぐらいには、落ち込んでます。


辞めること自体は、仕方ないと思う。
お母さん、大切だし。
もちろん店としては困るんだけど、
たぶん何とかなる(というか、何とかするしかないんだよね・・)。


じゃあなんでこんなに落ち込んで情緒不安定になったのか。
突き詰めて考えてみると、たどり着く先は、
「結局私は一人なんだな」という「現実」を突きつけられたから。なんだよね。
(いや、別にバイトさんが私に突きつけたわけではないけれどw)


その人にとって一番大切なのは、その人の家族であって、
私でも私の店でも、その人にとっての仕事でもなくて。


当たり前である。



当たり前だけど、改めて目の前に突きつけられると、ショックを受ける。
私には、人生を二人三脚で歩んでくれる人は、いない。
私は誰にとっても、「一番大切な人ではない」し、
私の店も、「誰かにとって一番大切な店」ではない、という事実。
誰かと二人三脚で歩んでいない、という事実。
もちろん、日々の暮らしの中で、助けてくれる人はいる。
いるけど、そういう次元じゃなくて。
にっちもさっちもいかなくなった時に、
その人にとっての何かを犠牲にしてでもそばにいてくれる相手というか。


子供は違う。
彼女は「巣立たせるべき対象」であって、「一緒に歩む相手」ではない。
私にとっては何よりも大切だけど、娘にとって(今はともかく、この先ずっと)私がそうである必要はないし、それでは困る。
「お母さん」の心配なんてしてないで、自分の人生を歩んでもらいたい。
だから、違う。そこを間違えるようなバカな真似を私はしたくない。




店と家庭の舵取り。
負担なんだろうか?と考えてみた。
誰かに背負って欲しいのか?と。


今のところ、そうではなさそう。
単に、何かあった時に無条件で倒れ込める相手が欲しいんだろうな、と思う。
そういう相手がいると思えるだけでいい。
それだけで、まだ私は進める。




一人になりたい。
綺麗な海か、何もない湿原が見たい。
一人で考える時間が欲しい。



無理だけど。